不妊治療で授かった一人目 早く二人目を…
もともと卵巣の病気を抱えていたため子供が出来にくく、一人目は不妊治療で3年かかってやっと授かりました。
年齢的なこともあり二人目は2年差で出産したかったので早めに子作りを開始しました。
そしたら想定外のことが起こり、あっという間に妊娠。
まさかの年子での出産になりました。
年子はいっぺんに大きくなるから楽だよー、という意見と、年子は双子より大変・・という両方の意見を聞いていたのでどっちに転ぶかビクビクしていました。
もともと保育士経験もあり、子供の扱いには慣れていたので、旦那や周りは、あなたなら大丈夫よーと、あまり心配していない様子でした。
妊娠中から切迫早産や前置胎盤のため、上の子にはたくさん我慢させてきましたし、何より大好きなオッパイを、1歳前にして無理やり断乳させてしまったので可哀そうで可哀そうで・・。
出産まえから、かなり不安になっていました。
そしていよいよ出産。
上の子が荒れた
帝王切開での出産だったので、入院期間も長く、上の子はかなり荒れていたようです。
退院後、いよいよ年子育児が始まったのですが、まず上の子が赤ちゃんという存在を受け入れるのに、相当時間がかかりました。
そりゃそうですよね。
1歳ちょっとの、赤ちゃんに毛が生えたような子供に、より小さい赤ちゃんを受け入れるなんて、出来るはずがありません。
赤ちゃんにオッパイをあげようとすると、自分も飲みたいと大泣きし、しまいには腹が立ったのか、赤ちゃんの指を噛んでしまいました。
それに対してきつく叱ってしまう自分・・。
どうして良いのか分からずよく三人で大泣きしていました。
当時の写真もない壮絶な日々
自分も産後で精神的に不安定、おまけに下の子は全く寝ない子だったので、連日睡眠不足で本当にフラフラでした。
出張続きの旦那でしたので、見かねた両親は助っ人で来てくれましたが、上の子は両親を断固拒否し、常に私にべったりでしたし、下の子は哺乳瓶を咥えなかったので、常にオッパイを要求してきて、気が休まるときがありませんでした。
年子育児は双子より大変・・まさにその通りでした。
下の子が6か月になるまで、壮絶な年子育児は続き、下の子には申し訳ないのですが、そのころの写真はほとんどありません。
写真を撮る余裕すらなかったのです。
6か月を過ぎると、上の子も少しずつ兄としての意識も出てきて、以前のような大変さは、やっと落ち着きました。
でもやはり上の子には、たくさん我慢させてきてしまい、可哀想なことをしてしまった・・というその思いは消えません。
二人が大きくなった今では、良い思い出ですが、あの壮絶な日々は、もう二度と味わいたくないです。