婿養子として嫁ぎました
私は家族三世代で営む、婦人服店に婿養子として嫁ぎました。
仲良し一家として、ご近所やお客様からも憧れの家族像でした。
私と妻は当然ラブラブで、新婚生活を送って、結婚の翌年には待望の娘を授かりました。
更に家族が一人増え、三世代から四世代の7人同居の大家族となり、町内でも類を見ないものと成りました。
当然のように、お客様のアイドル的な存在となった娘は、オモチャのように可愛がられ、有難い事だと妻と家族共々喜んでいました。
義父の溺愛
その中でも、子供好きな義父の娘に対する溺愛ぶりは人並みならぬもので、娘を一旦抱きかかえると誰にも渡さない程で、父である私の手元にもなかなか来ることが有りませんでした。
義父にとって初孫となるのですから、仕方の無い事だったのですが、溺愛ぶりは次第にエスカレートして、皆に自慢したい気持ちは十分に理解できたのですが、信じられない行動に移って行きました。
ナント!店内に段ボール箱を置き、娘を箱の中に寝かせるようになったのです。
自慢気に、箱の横に仁王立ちになったのは、言うまでも有りません。
いくら一瞬たりとも手放したくないとはいえ、義父の常軌を逸した行動には開いた口が塞がらずに、「やめてくれ!」という気持ちよりも恥ずかしい思いで、ストレスが増大する毎日でした。
「家風」にカルチャーショック
ある程度年配のお客様の本心は今でも謎ですが、そんなに違和感なく箱の中の娘を、「可愛いね、じいちゃん嬉しくて仕方がないやろ!」といった感じでした。
しかし、私がお相手させて頂く同年代のお客様は、驚き冷ややかな目を向けて、私に「嫌じゃないの?」と、同情ともとれる言葉を投げかけて下さいました。
止めてもらうように、言った方が良いよ、といった言葉も沢山と頂きました。
いくら地域密着型の、気取らなくても良いお店とはいえ、全てのお客様が共感して下さる行動では無いという事に、義父は気が付いていなかったのでしょう。
これじゃまるで、動物園のオリの中の見せ物と変わらないのですが、妻を始めとし他の家族には違和感が無かった様子で、私は猛烈なカルチャーショックに襲われました。
どうやら家風としては、有りの行動だったようです。
ノイローゼ
私は婿養子という立場故に、忠告したくても出来ずに、歯痒さだけが募り、開店時間に店内に置かれている段ボール箱を見る度に、今日も悪夢の一日が始まるのかと、既にノイローゼ気味に成っていました。
当時の義父は、52歳の紛れもなく立派な大人のはずですが、TPOという言葉は彼の辞書には存在しなかったようで、周りも全く見えない状態だったのでしょう。
何も知る由の無い娘が、段ボール箱の中で無邪気に笑う顔も、私には助けを求める泣き顔にさえ見えました。
この常軌を逸した行動は、娘の成長と共に、段ボール箱では窮屈感を覚えるまで続きました。
ようやく段ボール箱という名のオリから娘が脱出できた時には、心からホッとしましたが、安心も束の間で、今度は娘を離すまいと抱きかかえたまま、一日中店内を徘徊し始めたのです。
「諦めの境地」
ここまで来ると、呆れを通り越して諦めの境地になりました。
開き直ってしまわないと、私は本当に病んでしまったでしょう。
そんな娘も今は21歳の大人になりましたが、義父に今からでも聞きたいです。
「TPOって言葉を知っていますか?」と。
きっと知らないでしょう。